山で暮らせば・・・ブログ

上高地の山荘での暮らし、山を想いながらの街での暮らし、山歩きのことなどをゆっくりと書いていきます。

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寒くて冷たい遊び道具

諏訪に移り住んで10年余り。
当初は足元の冷たさに耐えられなくて、畳の部屋もスリッパを履いたまま歩く、なんてこともありました。
寒い冬にももうずいぶん慣れてきているはずですが、それでも寒いものは、寒い!

しかしながら、寒冷な気候のおかげで、ときには楽しい思いをさせてもらっています。
雪や氷は望んでも手に入るものではありませんが、子どもも大人も大好きな遊び道具です。自然からのとっておきの贈り物をありがたく使わせてもらっています。
何日かしたらその「おもちゃ」も融けて無くなって、少し寂しい気持ちになるのもまたよいのではないでしょうか。


さて、
水辺の野鳥「水鳥」ならぬ、氷鳥のハクチョウです。
岡谷の湖畔から、凍った諏訪湖と上諏訪の街並みの向こうに、八ケ岳が美しく望まれました。
(あっちゃん、試合には負けたけど面白かったね)
IMG_8938_1.jpg
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テーマ:信州 - ジャンル:地域情報

ケーキのすし

あっちゃんの誕生日パーティーを家族でする日の昼下がり、
台所から聞こえるかみさんのつぶやく声。

「ケーキずし」
「サーモンの花を飾って」
謎めいたコトバ。

むむっ、シャリの上に生クリームとか?
いくら子どもが甘いもの好きだからといって、まさか。

鮭を花びんにいけるの?
それは飾りなのか?このあたりではなにか縁起をかついでやることなのか?

そういえば、この頃あっちゃんは図書館の「黒魔女」ナントカという本を
片っぱしから読んでいるみたいだけど、おまじないかなにか?


その夜、食卓に出てきたのはこれ
IMG_7831_1.jpg

歓声があがりました。
あっちゃんの好物だらけのケーキ寿司

牛乳の空きパックの一面を開いて、すし飯にネギトロをはさんで詰めてこしらえた押し寿司でした。
ケーキのように華やかに、薄切りサーモンの花びらの中にはイクラが盛りつけられています。

もう一つの丸いほうも、ご飯の間に細かく裂いたささ身がサンドされていました。
妹のなっちが裂いてくれました。心なしか少なかったのは、つまみ食いのせい?

星の形はスライスチーズ、前歯しかないこっちゃんが好んで食べます。

とうちゃんもお酒に合う「ケーキ」でよかった!
暮れにいただいた静岡の純米吟醸。
大学卒業のときに大井川を歩いて渡ったなあ、と感傷にひたる間もなく娘三人の話し声。


それから、お待ちかねは、
シャリの上ではなく、きちんとスポンジの上に生クリームとイチゴがのったケーキ。

IMG_7840_1_1.jpg

でも、イチゴの下は薄焼き玉子!
そして、包丁を入れてみると、間にネギトロがはさんであるっ!

いえいえ、
黄色いのはマンゴー、サンドされているのはイチゴのヨーグルトムースでした。



作るのもわくわく

ちょっとびっくり、見て楽しく

もちろん食べておいしい

しばらくたっても、思い出しては話がはずむ

ここのところ、ぽっかり時間ができてしまいましたが、
おかげで心豊かなひとときを過ごせました。
ちょっとのぜいたくと、なによりかあちゃんの手作りの贈り物、
あっちゃんにも心に残る誕生日になれば嬉しいです。

楽しみの「生産者」に(2)

そんなふうに思ったのも、信州で暮らすようになったからだろう。
実家の辺りは会社に通勤している家庭ばかり並ぶ新興住宅地にあったが、信州では家の近くに畑や田んぼがあり、小さな工場があったり、お店を営んでいる家があったり、身近なところに生産の場があり、何らかの形で生産に関わっている人が多い。

食べ物はお店で買っているが、畑でとれた野菜をいただくこともあるし、自分で山菜やキノコを採りに行くこともある。「買う」だけでない、いろいろな形で暮らしが成り立っている。

豊かな自然にも恵まれているので、ゲームセンターや遊園地に行かなくても四季それぞれの楽しみがある。
食物の生産者になるのはそう簡単ではないが、せめて自分たちの楽しみくらいは「生産者」でありたい。自分で創ることの喜びや楽しみを見直したいと思う。

楽しみの「生産者」に(1)

久しぶりに関西に帰省したときのこと。
実家のすぐ近くに巨大なショッピングセンターがオープンしていたので行ってみた。工場のような大きな建物の中には、5フロアのスーパーのほかに、おしゃれな店構えの専門店やレストランが100店以上も入っていた。
それまでは大阪の繁華街まで出かけなければならなかったような特別な買い物もできるようになり、周辺の町からも多くの人が集まりにぎわっていた。

歩いても歩いてもさまざまな商品がきれいに飾られているのだけど、なぜか不思議なことにワクワクしなかった。むしろ、魅力的なモノがありすぎて、都会の人は何かを買わずにはいられなくなって大変だなと思った。

もちろん私たちは食べ物とか日常の必需品を買って暮らしているのだけど、それ以外の趣味とか遊びの領域までもが、都会では商品を「選ぶ」「買う」という行為に置き換わっているように感じた。

生活の隅から隅まで消費することで成り立っていて、まさに「消費者」という呼び方がぴったり合う。そのショッピングセンターには子供をゲームコーナーで遊ばせるために、わざわざ出かけてきている親子もいた。
自分で創ることの喜びや楽しみはどのくらいあるのだろうか。(続く)

シンプルでしなやかな

simple and flexible
シンプルでしなやかな


ここ3、4年、日々の生活をはじめ、なにか行動するときの基準になっている。
気がついたらそうなっていた。

それはもちろん自ら求めてそうしているものであり、
また、必要に迫られてのものでもある。

会社勤めを辞めて、質素な生活にならざるを得ないともいえる。

でも、これはこれでなかなか心地が良い。
暮らしの隅々までわり合い手応えがある。
大量の情報やモノで、頭も体も大きく重くなってしまいがちだけど、
シンプルに暮らしているから見えてくるものもある。

まあ、自分は大物でない、ということを恥じもなく言っているだけかもしれないが。

だからこんなこと、今まで大きな声では言わなかったけど、
今年はもうちょっと声を大きくして言ってみようかと思う。

既に実践している人はずっと前から分かっていることだし、
一方、興味のない人にはやっぱりつまらないことだろうけど。
まあ、ちょっとずつ。

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